Sacred world,  Our great spirit from ancient time

Kawachi.Settsu

大陸文化の畿内への玄関口

 摂津から河内にかけての地域は、古代から極めて重要な場所であった。瀬戸内海を通って畿内に入るためには、まず、この地に上陸し、淀川、大和川などを通って、ヤマトや京都の地に向かうことになる。さらに、兵庫県の加古川や武庫川は、日本海から瀬戸内海を結ぶルートであり、摂津と河内は、そのルートとも直接つながっていた。

 大陸から九州に伝わった稲作などの弥生文化は、畿内ではまず現在の高槻の安満遺跡に定着されたとされる。そして、この遺跡の背後にある安満宮山古墳からは、魏の年号「青龍三年(235年)が刻まれた青銅鏡が出ている。

​ また、摂津と河内は、渡来人が多く定着した地でもあり、彼らがもたらした技術が、日本国内の状況を大きく変化させていく力となる。

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