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Sacred  World    日本の古層 vol.2    2021年7月5日発行

pinhole photography & text  by Tsuyoshi Saeki

​A4サイズ (横297mm 縦210mm)    全120ページ

スクリーンショット 2021-06-26 11.37.25.png

定価:1000円(税込) 発送代300円

わずか0.2mmという針穴から入ってくる光だけで像を結ぶピンホールカメラ。レンズもシャッターもない暗箱の闇の中に浮かび上がる像は、高性能カメラの鮮明な静止画像とは異なり、長時間露光によって、時の経過が反映されたものにならざるを得ません。動かないものだけが確固とした存在となり、揺れ動くものは儚い幻のようになります。

しかし、その感覚は、人間の目の捉え方と近いように思われます。人間の目は、風景を見ている時、高性能カメラの描写のように細部の全てに焦点を合わせているわけではありません。たとえば巨大な磐座を凝視している時、背後の森は、気配としてのみ捉えており、ピンホールカメラの針穴に入ってくる映像世界もまた同様です。

 

湿潤な日本の古代からの聖域は、古代ローマやエジプトなどのように往時の建物などが残っていることはありませんが、そこが聖域であったことは、物が形を留めていなくても気配で感じることはできます。その感じ方を伝えるためには、高性能のカメラよりも原初的な装置の方が向いているかもしれません。人間の感覚というのは、曖昧なものを曖昧なまま受け入れる時の方が、想像力を必要とし、後々まで記憶として残りやすいようになっているからです。

 

人間を含めた生物は、自分が理解しているとおりに世界の全てに対応できるものではなく、不確かな世界の中を、感覚を研ぎ澄ませて、想像力を働かせて生きていかざるを得ず、そうした宿命に対応できるように、長い歳月をかけて身体機能が整えられています。

そして、歴史もまた不確かで謎めいたことが多く、現代人の思考特性に偏った科学的実証だけでは、その核心に近寄ることは難しく、感受性や想像力、そして潜在的記憶なども総動員して向き合うべきものです。なぜなら歴史は、今を生きるわれわれの思考だけでなく、感受性や想像力そして無意識など全ての精神活動に影響を与えているからです。

 

確かなものと不確かなものの間をつなぐ力こそが生命の根元の力であり、歴史は、生命の根元の力に通じる探求です。

*Vol.2の内容の一部見本をご覧いただけます。

​還るところ

 近畿地方には神体山と呼ばれる姿美しい山が数多くある。古代、それらの山頂に鎮座する磐座の周りは歌垣の舞台だった。近隣の村の人々が山に登り、若い男女が恋の歌の掛け合いを行っていたことが風土記などに記されている。言霊の力がその人物の力であり、男も女も、その力を磨いていた。そして、めでたく男女が多く結ばれると、その年の豊作が期待された。磐座に性器を連想させるものが多いのも、生殖と五穀豊穣に共通する生命原理が、霊力を通して呼び起こされるからだろう。こうした言霊と生殖と生産を結びつける古代文化の伝統が、後の時代の『源氏物語』など日本文学へと流れ込んでいく。

 魂の存在を信じる古代人は、とりわけ祖霊との交感を重視した。祖霊は、人間だけとは限らない。人間を取り巻く森羅万象は、世代交代を繰り返しながら、今という時を刻んでおり、その恩恵を受けとる上で、森羅万象すべての祖霊に対する感謝も大切なこととなる。

 近代以降の人間は、森羅万象を、征服と利用の対象とみなしてきた。有機的で循環的な世界を、分別によって自分に都合よく切り分け、取捨選択し、搾取することを当然の権利であるかのように推し進めてきた。

 現在、そうした行為の歪みは様々なところに生じているが、それは温暖化など地球環境の問題だけではない。自己都合的な思考分別や価値観は、一人ひとりの人生に反映され、常に他者と比較し、現状に対して不満を覚えるという空虚な心理を膨らませる。そのことが、現代社会のストレスや不安の根元に横たわっている。

 森羅万象に対する人間の理解や対応は、何一つ絶対的なものはなく、どこまでいっても幻のようなものだ。しかし、幻にすぎないことを知りながらも、幻を追わざるを得ないのも人間の性分であり、その葛藤の末、日本人がたどり着いた真理が、”もののあはれ”だった。

 これまで私は、原始的な機能のピンホールカメラを携えて、古来からの聖域を訪ねてきた。

 レンズもシャッターもないピンホールカメラは、世界に開かれた0.2mmの扉でしかないが、その極小の扉は、幻を追い続ける人間の夢のように、光に反応して儚い像を結ぶ。

 有為転変の世界に生まれては消えていく命が、世界に様々な残像を残しているが、それらの残像が放つ密かな波動を受けて、ピンホール写真の儚い像は、微かに揺らめいている。それぞれの土地の秘められた記憶を、時を超えて、意識の闇に響かせるように。

                           

                                            2020年2月20日   佐伯剛

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