Sacred  World  日本の古層 vol.1    2020年3月1日発行

遊ぶものは神である。

神のみが、遊ぶことができた。

遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。

それは神の世界に外ならない。

この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。

神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない

白川静  『文字逍遥』平凡社刊)より

​A4サイズ(縦297mm 横210mm)    全164ページ

*一部見本をご覧いただけます。

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農耕時代から工業時代、国際金融時代、情報時代と時代の現れ方は急速に転換しているように見えるけれども、神話的時代の終わりという意味で、二千三百年前と現代は同質である。世界と、神々と、自然と、霊たちと、内心の無意識の力との、大いなる連関が切れた歴史の裂け目は、いまもわれわれの意識の奥の闇を連なり走っている。

 

多分私たちの全き現実性は、いつでも思い出せる記憶、目に見える事物の範囲内だけでなく、潜在的記憶を含めて個人のこの生涯の境界内には収まり切れないのだ。宗教的領域には触れないとして、諸芸術の存在、その言い難くリアルな何かに対するわれわれの魂の共感、そしてそこから生まれる「遥かなる永遠への想い」を考えるとき、意識の境界だけでなく個人的無意識の境界も大胆に越えてゆかねばならないように思われる。

 

聖なるものは天国でも神でもなく、生命の根源の力に根ざしながら、いつでもどこまでも、相対的でしかないこの現実を超える世界を思考し幻想し志向しようとする、われわれ自身の魂の運動そのものなのだから。

                            日野啓三著 『書くことの秘儀』(集英社刊)より

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