Sacred world,  Our great spirit from ancient time

Kumano Area

足摺岬-6
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足摺岬-5
足摺岬-2
足摺岬
高知 白浜
四万十川
高知朝倉神社
高知 土佐神社
 仁淀川-2
仁淀川
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 仁淀川
愛媛-7
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愛媛
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徳島-3
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徳島
愛媛

古代史の謎を解く鍵を握る四国

 

 土佐というのは、実はとても不思議なところで、岩手、青森、北海道を除くと、唯一、前方後円墳が築かれなかったところだ。(現在の高知県では、土佐圏内ではなく西の端の九州に近いところに、原型はとどめていないが、それらしきものが一つだけ存在する。)

 そのためかどうか、土佐一宮の土佐神社の祭神は、出雲の神々である。

 しかし、縄文時代、弥生時代には大いに栄えており、近畿を代表する祭祀道具である銅鐸と、九州を代表する祭祀道具である銅矛や銅鏡が、ともに発見されたところ、つまり古代の東西世界の境界のようなところだった。

 また、阿波国も、日本古代における最重要地だった。日本最大の中州、善入寺島(旧粟島)の周辺は、忌部の地である。現在も、天皇の即位式である大嘗祭で用いられる麻織物のアラタエは、この地の忌部神社で織られ、その大切な仕事は、忌部氏の末裔である三木氏によって受け継がれている。

 さらに徳島市の国府は、律令時代の中心地であるが、その歴史は律令以前に遡り、この場所は、西日本最大の縄文遺跡のある場所であり、弥生時代においては、日本で唯一、集落の中に巨大な銅鐸が埋納されていた矢野遺跡がある場所だ。

 銅鐸というのは、通常、山と集落の境界などに埋納されているが、矢野遺跡においては、集落の中に埋納されており、だとすれば、ここは人が住む場所というより、祭祀の場所であり、日本の銅鐸祭祀の中心的な場所であった可能性がある。

 この矢野遺跡から望む気延山の領域には無数の古墳があり、3世紀後半という日本最古級の前方後円墳である宮谷古墳もある。

 つまり、この場所は、銅鐸祭祀と、日本最古級の前方後円墳が重なっている。そして、気延山にある無数の古墳の一つの上に築かれているのが八倉姫神社であり、この古墳は、卑弥呼の古墳であるという研究者もいる。

 

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足摺岬

足摺岬

足摺岬 アコウの大樹

足摺岬 アコウの大樹

足摺岬 龍宮神社

足摺岬 龍宮神社

高知県の足摺岬は、日本で唯一、黒潮の激流が、直接、陸にぶつかる場所。

足摺岬 白山洞門

足摺岬 白山洞門

足摺岬 龍宮神社

足摺岬 龍宮神社

足摺岬 唐人駄場巨石群

足摺岬 唐人駄場巨石群

足摺岬 龍宮神社

足摺岬 龍宮神社

足摺岬 唐人駄場巨石群

足摺岬 唐人駄場巨石群

縄文時代の遺物も発見され、何かの儀式や通信に使われたのではないかという説もある。

足摺岬 石抱きアコウ

足摺岬 石抱きアコウ

白浜海岸。太平洋の荒波がぶつかる。

白浜海岸。太平洋の荒波がぶつかる。

高知市、赤鬼山の朝倉古墳

高知市、赤鬼山の朝倉古墳

四万十川と後川の合流地点。

四万十川と後川の合流地点。

土佐一宮の土佐神社。祭神は、出雲の神々。

土佐一宮の土佐神社。祭神は、出雲の神々。

仁淀川と上八川川の合流点。

仁淀川と上八川川の合流点。

仁淀川に合流する上八川川。

仁淀川に合流する上八川川。

このあたりも、中央構造線と同じく大きな断層地帯にあたる。

仁淀川上流の安居渓谷。

仁淀川上流の安居渓谷。

四国八十八箇所霊場第四十五番札所、岩屋寺。

四国八十八箇所霊場第四十五番札所、岩屋寺。

仙遊寺の秘仏、千手観音。

仙遊寺の秘仏、千手観音。

海から上がってきた竜女が一刀三礼して彫ったという言い伝えがあり、長い間、秘仏であったが、現在の住職が、現在でも多くの方が行なっている巡礼の旅、お遍路において拝んでいただくために公開している。

仁淀川上流の安居渓谷

仁淀川上流の安居渓谷

楢原山山頂付近の子持ち杉。

楢原山山頂付近の子持ち杉。

山頂には1300年前に創建された奈良原神社跡があり、その場所から、平安時代末期の全長71.5cmの銅宝塔などが出土し、国宝指定された。

多伎神社古墳群(今治)

多伎神社古墳群(今治)

多伎神社周辺には30基余りの古墳が群集する。山頂近くに磐座があり、奥の院とされる。もとはこの磐座信仰に始まると考えられる。さらに、すぐ近くで高速道路の建設中に、たくさんの古墳が出土した。

愛媛-2

愛媛-2

多伎神社古墳群(今治)

多伎神社古墳群(今治)

吉野川の日本最大の中州である善入寺島

吉野川の日本最大の中州である善入寺島

この中州は、緑色片岩の硬い岩で覆われ、その岩盤の上に、聖域が築かれていたが、明治政府によって、ダイナマイトで破壊された。そして、かつてはこの島に3000人が暮らしていたが、強制的に移住させられた。今では、広大な敷地に畑が広がる。向こうに見えるのが、阿波富士と呼ばれる聖山、高越山。

瀬戸内海に浮かぶ大三島の大山祇神社。

瀬戸内海に浮かぶ大三島の大山祇神社。

全国にある三島神社や大山祇神社の総本社であり、山の神、海の神、戦いの神、渡しの神として古代から祀られ、とくに歴代の朝廷や武将から尊崇を集めた。大山祇神は、天孫降臨のニニギの妻となったコノハナサクヤヒメの父親であり、つまり、天孫降臨よりも以前から日本で影響力のあった神ということになる。

天川神社

天川神社

天川神社が鎮座する土器川は、かつて、吉野川とつながっていた。地勢的に似ており、この聖域も、花崗岩地帯にある。この天川神社に祀られている興登魂命(こごとむすびのみこと)は、中臣氏の祖であるアメノコヤノの父であるが、なぜか、中臣氏(藤原氏)は、そのことに触れない。興登魂命(こごとむすびのみこと)は、天津羽羽神の姉妹である己等乃麻知比売命(コトノマチヒメミコ)と結ばれてアメノコヤネが生まれている。

阿波富士と呼ばれる高越山の山頂付近

阿波富士と呼ばれる高越山の山頂付近

徳島市の国府の気延山にある八倉姫神社。

徳島市の国府の気延山にある八倉姫神社。

徳島市の国府の気延山にある八倉姫神社。古墳の上に築かれている。周辺には無数の古墳がある。そして、西日本最大の縄文遺跡と、集落の中に銅鐸が埋納されていた矢野遺跡が、周辺に広がる。

黒部渓谷。

黒部渓谷。

矢野遺跡

矢野遺跡

徳島市の国府の気延山を望むこの場所が矢野遺跡で、日本で唯一、集落の中に銅鐸が埋納されていた。無数の古墳がある気延山に、無数の送電塔が立ち並ぶのは、不吉なものがある。