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日本の東西を結ぶ道 ①

Gifu,South Nagano Area

岐阜、長野、群馬へ

 畿内 (大和) と東北地方を結ぶ大動脈、東山道は、古代から多くの人が行き交っていた。その真ん中、長野の伊那谷は、日本有数の馬の産地だった。豊富な天竜川水系の水が得やすく,牧草に恵まれた気候で、山に囲まれた谷は馬が逃げにくいという,飼育上の有利な環境があった。紀元5世紀頃からの古墳では埋葬馬が数多く出土しており、当時、馬は軍事的にも経済的にも重要な手段であったことは間違いなく、それゆえ、伊那谷は、大和朝廷と深い関係を持ち続けた。

 また、群馬は、東日本最大を誇る太田天神山古墳をはじめ12,000基を超える古墳があり、100m以上の巨大古墳も多く、全国屈指の古墳大国である。また、埴輪も全国一の質と量を誇り、大陸からもたらされた金銅製品、馬や鉄関連のものなど、当時の経済的な豊かさを示すものがたくさん出土している。

​*これらは、ピンホールカメラで撮影した写真です。写真の上をクリックすると、画像が大きくなり、キャプションが表示されます。

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